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菊芋

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菊芋の葉が枯れて、収穫の時期を教えてくれた。 夏の間は、まっすぐに背を伸ばし、太陽めがけて黄色い花を咲き誇っていた。 今はもう背が曲がり、葉は枯れ始め、しみだらけだ。もうすぐ冬枯れだ。 1本だけ試し掘りをしてみた。慎重に、慎重に、鍬を振り下ろしてみた。 あった。菊芋だ。 芋という名が付けられてはいるが、キク科ヒマワリ属の多年草で、アメリカ原産だ。 このあたりは、酪農が盛んな地だったので、牛の飼料用として連れてこられ、安住の地を見 つけたのだろう。祖先は長い旅をしてきたはずだ。この土地を切り開いたKawatanian(川谷 の開拓者)みたいだ。 この菊芋も、ある年の夏、この森に黄色い花を咲かせた。そのままにしていたら、今では 「この世をば」と詠まんばかりに、猫の額ほどの森の畑の一大勢力だ。 生でも、漬物でも、煮てもおいしい。土の香りがするので、食べると不思議と懐かしくて ほっとする。糖尿病にも、塩分取り過ぎにもいいらしい。芋なのに、低カロリー。 腰が曲がっても、葉が枯れても、精一杯生きたから、美しいままだ。

小春日和あるいは

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いい天気だ。風もなく、時間が静かに流れる。 と言いたいところだが、森の生活は冬に備え、けっこう忙しい。 せめて、休憩のコーヒーはゆっくり飲みたい。今日は「ゆら」のモカジャバブレンド。 ところで、何で忙しいのかと言うと。 まずは、薪作り。この冬の分は間に合うのだが、秋が来るとせっせと薪を作りたくなる。 前世は、蟋蟀(キリギリス・コオロギ)ではなく蟻(アリ)だったのかも。ちなみにイソップ寓話では蟋蟀でなく蝉(セミ)だ。 次に、花の球根を植えること。何年ぶりになるか、チューリップの球根を植えた。 色とりどりの50球を、春に咲いている姿を想像しながら植えた。チューリップを植える場所を探してたら、弟切草(オトギリソウ)を見つけた。これを35度の焼酎に漬けて、虫刺されのかゆみ止めの薬を作る。 それから、野菜の種蒔き。少し遅くなったが、スナップエンドウや信夫(しのぶ)冬菜、菜花を蒔いた。信夫冬菜は、大好きなふるさとの山の名前のついた野菜だ。寒さに強いらしく、種を見つけて迷わず買った。初めて育てる。楽しみだ。 秋野菜の収穫は、霜が降りる直前まで我慢して粘って、少しでも大きく育てたい。大きなかぶになる聖護院かぶ、おでん用の総太り大根、鍋用の京菜、春菊。そして、ビーツ。ビーツは鉄分が多く含まれ、貧血にいいと知ったので、育ててみた。葉脈は真っ赤で血管みたいだだ。なんだか効きそう。ボルシチを作ろう。 もうすぐベーコン作りも始まる。夜の気温が一桁台の11月の1ヶ月だけで1年分を作る。 10月だと夜の気温がまだ10℃を超えるし湿度も高い。12月になると氷点下の夜がやって来て、燻す前の肉を風に当てて乾かすときに凍ってしまうからだ。11月は温度と湿度がぴったりだ。 小春日和は、英語ではIndian summer。ネイティブアメリカのインディアンが冬に備えてサーモンの燻製や干し肉を作ったり、玉蜀黍(トウモロコシ)を粉にしたり、薬草を収穫したりと、夏のように活動的になるからそう呼ばれるようになったと聞いたことがある。 分かるなあ。森の秋は忙しい。近くの牧草地からは干し草刈りの音が聴こえてくる。牛たちの命につながる優しい音だ。 森のある地名をもじって「Kawatanian summerだ。」と笑った。 ビーツ