観覧車
海辺の小さな町で暮らし始めた。だから、しばらくは「海と暮らす日本語」だ。 部屋の窓を開けると、海の香りが入ってくる。大昔の記憶を思い出させるような、懐かしい香りだ。 海辺の町に引っ越す日、フェリー港に向かって車で走っていると、観覧車が見えた。最後に乗ったのはいつだったか、ずいぶんと昔だ。 子どもの頃、観覧車に乗り込み少しずつ上昇していくに連れて、心も躍り出す。さっきまで自分がいた乗り口を見下ろしたり、もっと高い空を見上げたりして、いつもと違う景色を楽しみながらてっぺんを目指す。時間はゆっくりと回る。 やがててっぺんに来た瞬間、心は変わっていく。上がってきた時と同じ景色を見ているのに 心は鎮まり、少しだけ寂しさもやってくる。時間は急に早く回り始める。そして終点に着いた自分は、同じ場所に戻って来たのに、さっき出発した自分とは違うように感じた。そんなことを思い出した。 新しい生活に向かって車を走らせている。今のこの自分は上がっていく途中なのか、下りていく途中なのか、観覧車のどのあたりの箱に座っているのだろうとぼんやり考えながら、フェリー港を目指した。 自分を迎えてくれた海辺の町では、河口に鮭が戻ってくる時季が来たらしく、漁師達が忙しくしていた。鮭も出発した川に戻ってくる。終点だ。でも終わりではなく、新しい営みがまた始まる。