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川は。

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 橋を渡るとき、いつも川の上流を見遣る。  源流となる湧き水や雨。水たまりの底の礫と礫の隙間から、細かな粒を踊らせながら川は生まれる。 「一跨ぎの滝」という幅の狭い滝は、弱々しい水音を聞き当てないと見落としてしまう。  名前も付いてない細い沢を何本か集めると、それでも流れは速くなり、水量を増して岩場を滑り落ちる。「熊の滑り台」と名付けた人はすごい感性だ。畏れと滑稽さが絶妙に合わさって、熊以外の森の動物では表し得ない。  流れがひと休みする静かな瀞(とろ)。この後、川はまた何本も小さな川を集めながら、中流となり、里や街を走り抜ける。これからの長旅に備えるかのような、穏やかな川面だ。  山や森から始まった川は、速さを変え、音を変え、方向を変え、色を変え、役割を変え、源流の面影さえ変えて、やがて下流と呼ばれ、海に辿り着く。  海辺の町の川は、あの森とは繋がっていない。それでも、上流を見遣る。  窓を開けてこれを書いていたら、肌寒くてカーディガンを羽織った。秋鮭が生まれ故郷に帰り着く季節はほんの一瞬で、すぐ流れて行く。                                                                            "Moon River"                                                                           ...

観覧車

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  海辺の小さな町で暮らし始めた。だから、しばらくは「海と暮らす日本語」だ。  部屋の窓を開けると、海の香りが入ってくる。大昔の記憶を思い出させるような、懐かしい香りだ。    海辺の町に引っ越す日、フェリー港に向かって車で走っていると、観覧車が見えた。最後に乗ったのはいつだったか、ずいぶんと昔だ。  子どもの頃、観覧車に乗り込み少しずつ上昇していくに連れて、心も躍り出す。さっきまで自分がいた乗り口を見下ろしたり、もっと高い空を見上げたりして、いつもと違う景色を楽しみながらてっぺんを目指す。時間はゆっくりと回る。  やがててっぺんに来た瞬間、心は変わっていく。上がってきた時と同じ景色を見ているのに 心は鎮まり、少しだけ寂しさもやってくる。時間は急に早く回り始める。そして終点に着いた自分は、同じ場所に戻って来たのに、さっき出発した自分とは違うように感じた。そんなことを思い出した。  新しい生活に向かって車を走らせている。今のこの自分は上がっていく途中なのか、下りていく途中なのか、観覧車のどのあたりの箱に座っているのだろうとぼんやり考えながら、フェリー港を目指した。      自分を迎えてくれた海辺の町では、河口に鮭が戻ってくる時季が来たらしく、漁師達が忙しくしていた。鮭も出発した川に戻ってくる。終点だ。でも終わりではなく、新しい営みがまた始まる。