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灯り

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スイミーのように朝の冷たい空気の中(スイミーは「水の中」)を車で走りたくなった。気温は4℃。自分を奮い立たせ古いジープの幌を一人で外した。 久しぶりの出番がうれしかったのだろう。エンジンは気持ちよく一発でかかった。 ダウンを着て、手袋を着け、太陽が眩しい東に向かうのでサングラスをかけて走り出した。 馴染みのガソリンスタンドで軽油を満タンに入れてもらった。ここらでは冬用の軽油でないと真冬には凍ってしまうと教えてもらった。さあ来い、冬。(高村光太郎風に) 新しくできた橋を渡り、標高700mを超える高原の道を走った。遠くの山のてっぺんがもう白かった。 家に戻ったらやはり体が震えていて、鼻水をすすりながらストーブの火にあたった。炎はもちろん暖かく、ガラス越しに見える灯りもうれしくて、そして、ほっとする。 灯り。 なぜ、ほっとするのだろう。 火で調理することでいろいろな種類の食べ物を自分の血や肉にすることができた、進化の記憶かもしれない。進化は、命を永らえるための知恵の結晶だ。 そうだとしたら、灯りを求める人の心は「信仰」と言えるだろう。灯りに己の心の求めるものが見えた時、ほっとするのだと思った。 灯りにどんな願いを込め、どんな答えを見つけようか。 ~電照菊(かりゆし58)~ 電照菊の光よ 夜の帳(とばり)を照らしてくれないか 大切な人がいつか 夜道に迷うことなく 帰りつけるように

机と椅子

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晩秋。好きな季節だ。 身が引き締まる新鮮な空気の中で、コーヒーを飲みながら過ごす朝。だいたい10分間。 すっかり静まりかえった暗い森の中でビールを飲みながら過ごす夜。だいたい15分間。 けっこう短いのは、寒いから。夜が長いのは吞兵衛だから。 朝も晩も半袖Tシャツにダウンジャケットを羽織って過ごす。 どっちの時間も机(またはテーブル)と椅子が必要だ。こんな短い時間なのになぜ自分は机と椅子を求めるのだろう。答えをあれこれ探して過ごしている。 この週末、秋刀魚とベーコン用に塩漬けした豚肉に煙をかける。 秋刀魚の燻製はウイスキーにも日本酒にもぴったりだ。ケイパーを添えて、秋の恵みをありがたく頂く。日本酒は廣戸川純米吟醸が好きだ。 ベーコンは夏ならBLTサンドだけど、今の季節のお薦めは、「ベーコン舞茸炊き込みご飯」だ。厳しい冬に備えて、脂肪を蓄えなくては。 「渋柿も 寒さに当たり 甘くなる」 教えている生徒の句。「も」が深い。

秋の葉と時間と

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「うみのほうへ  むらのほうへ  やまのほうへ」 (「くじらぐも」 中川李枝子)   今年の秋は、いろんなところへ出かけ、たくさんの秋に出会い、そして長く秋と一緒にいた。 「自分は、今、何を見ているのだろう。」 秋の葉を見ながら、初めてこんな思いになった。 葉の色がきれいだから、それを愛でているのだが、葉の色に何かを見ている自分に気づいた。何かを探している、と言うべきだろうか。 ある時、やっと答えが分かった。それは「時間」だ。 懐かしい人たちの笑顔のような、もう戻らない時間。 見知らぬ海や村や山へ旅するような、これからの時間。 その交差点に立っている自分の、この瞬間。 時間は心に流れているんだと思った。