製材所

 冬の初めに、幹の直径が2尺(約60cm)を超える欅を伐採した。薪にするつもりだったが、太くてもったいないのでそれを挽いて材にしようと運び込んで以来、村にある製材所に何度か通うようになった。

 製材所に入るのは久しぶりだ。木を挽く轟音や針葉樹の材の瑞々しい匂い、働く人の真剣な表情。昔と同じだ。

 2、30年前までは、どこの町や村にも製材所があったように思う。その町や村の地物の木を伐り、運び、挽いていた。人と木は今よりもっと身近だった。

 子どもの頃、休日の製材所(「工場 こうば」と呼んでいた)は遊び場だった。いつもは木を挽く音で、近くを通りがかるだけでも友達とのお喋りが聞き取れない工場も、休日はひっそりと静かだった。

 今では考えられないが、工場には易々と忍び込めた。忍び込んだと言っても、実は遊んでいる姿を近所の大人に見られていたのだが、叱られた記憶はない。自分も友達もスイッチや鋸の歯には決して触らなかった。紳士協定というか、スイッチや歯は大人の物という暗黙の掟を守った。

 巨大な帯鋸はまるで人間を襲う怪獣の歯に思えた。あの頃人気だったウルトラセブンの見過ぎだろう。細長い木の皮は、怪獣と戦うための鞭にして勢いよく地面に叩き付けた。手に脂(やに)が付き、なかなか落ちなくて、土埃がくっつくと指先は真っ黒になった。幅の広い檜(ひのき)の皮「檜皮 ひわだ」や杉の皮は、別格扱いで保管されていた。屋根葺きに使われる売り物だったのだと大人になってから知った。

 工場は夕方5時のサイレンで仕事が終わる。工員はまっすぐは家に帰らず、近所の酒屋で酒をひっかける。「盛っ切り」だ。その酒屋は母の実家で、子どもだった自分は、酒を飲みながら大声で話している飲んべえ達を観察していた。音のうるさい製材所で働いているせいだろう。大人達の地声は酒屋の中に大きく響き、怒鳴っているようで、少し怖かった。

 夕暮れになり、風呂や夕餉作りに使う木の燃える煙と香りが町中に流れる頃、工員達は重い腰を上げて、ふらふらと小さな家に帰っていった。


コメント

  1.  ぼくは街場の育ちでしたが、
    やはり製材所がありました。
    子どもたちの遊び場になっていましたが、
    ちゃんばらに使う細い棒を、
    ときどき持ち出していたためでしょうか、
    見つかると怒られていました。

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