天上大風
梅雨入りし、雨や曇り空が続く。それでも、梅雨晴れ(=五月晴れ)の日は、他の季節よりも青空や日光がうれしい。山からひんやりとした風が吹いてくると、思わず目をつぶって深呼吸してしまう。
風。
難しい言葉ではないし、使い方に迷ったこともなかったけれど、ふと気になって辞書を引いたらたくさんの言葉や意味があった。「沖縄風さっぽろ味噌ラーメン」「天然風味人工調味料」とか一風変わった日本語も作れそうだ。
8月に青森県三沢市を風の吹くまま気の向くままに旅した時のことだ。初めて訪れた町の少し寂れた風景を眺めた。米軍ハウスは「洋風」ではなく完全に「洋式」だな、と変に納得したりもした。夏の風物詩の風鈴の音が涼しげにどこからか風に乗って聴こえてきて、風流さが心地よかった。
晩飯は名物「バラ焼き」に決めていた。風土色豊かな郷土フードで、懐かしい風味だ。お目当ての店を目指して、肩で風を切って歩いていたのは夜7時頃。ここは「おれのおごりだ。」なんて気っ風よくいきたい。
辺りはだんだんと霞んできて、信号の灯りがぼんやりとしてきた。霧というのか、靄(もや)といえばいいのか。昼間の暑気が居座るのを切り裂くような冷たい風が港の方から吹いてきた。これが「ヤマセ」かとすぐ気づいた。気づいたら八代亜紀風に「舟歌」を歌っていたのさ、ダンチョネー。三沢は米軍基地のある街だが、港町でもある。
「ヤマセ」を調べたら、一つは「山を超えて吹いてくる風」という意味。これは、東北地方なら、夏に太平洋側から奥羽(おうう)山脈を越えて日本海側に吹き下ろす乾いた風のことだ。海の反対側の山から吹いてくるから「山背」と漢字で書くのだろう。日本海側の農家に晴天と高い気温を恵み、おいしい米を育む。秋田では「宝風(たからかぜ)」と呼んで歓迎するようだ。
一方、太平洋に面した三沢に吹いてくるのは、これとは別の風。寒いオホーツク海から高気圧に押し出されて流れてくる湿気を含んだ冷たい北東風だ。海から渡ってくるので山の字を使わず「ヤマセ」「やませ」と仮名で書く。太平洋側ではヤマセが続くと冷害に見舞われる。宮沢賢治が11月3日に「寒さの夏はオロオロ歩き」とメモ帳に書いた、その原因になる風だ。そんな風霜(ふうそう)に耐え、今の東北の農家がある。※引用<明鏡国語辞典(大修館)><NHK for School>
ところが、原発事故から今も、福島県の農林水産業は風評被害に泣かされ続けている。まだまだ風当たりが強いのだ。どんなに立派な産物を育てても、釣り上げても、だ。福島県の誇りを風前の灯火になんてさせてたまるか。
"Blowin' The Wind " by Bob Dylan
(抜粋)
How many roads must a man walk down,
Before you call him a man?
人はどれだけ歩き続けなくてはならないのだろうか。
(あなたと同じ)「人間」と呼んでもらえるまでに。
How many times must the cannonballs fly,
Before they're forever banned?
どれだけの数の大砲が飛び交うのだろうか。
永遠に禁止されるまでに。
The answer,my friend,is blowin' in the wind,
The answer is blowin' in the wind.
なあ、僕の友だちよ、その答えは風に吹かれて(ひらひらと舞って)いるだけだ。
風は、人の心の中にある、目に見えない偏見や差別と言う意味もあるだろう。「目にはさやかに見えねども」人の心の中に吹く風にぞおどろかれぬる。
(秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる」(古今和歌集 俊幸俊幸朝臣)
「天上大風」
ここにも、そこにも、あそこにも、どこにでも、良寛さんが子どもたちにせがまれて凧に書いてあげた、そんな平和な風があると信じていたい。その風を吹かせることができるのも人だ。
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