オイルまみれの手

 冬の雪かきでは大活躍するバックホーも、夏になると極端に出場機会が減る。図体はでかいのに肩身は狭そうだ。

 機械は動かしていた方が調子がいいので、たまにエンジンをかけてやる。最後に入れた軽油は確か冬用の軽油だ。これでけっこう燃費が良く、冬前に満タンにしただけで、あとは補給していない。バックホーに距離メーターはなく、その代わりに、エンジンを動かした時間を示す"Hour Meter"が付いている。バックホーを衝動買いした時、店の人の説明が「泡メーター」と聞こえて、どんなメーターか想像できなかった。

 今ではエンジンの音や排気ガスの匂いで、少しはバックホーの調子というか、声が分かるようになってきた。今朝は「オイル交換をしてください。」そんな声が聞こえてきてしまった。

 エンジンオイル4L缶2本、オイルエレメント(エンジンオイルの汚れを取るフィルター)とそれを取り付けるためのレンチ、廃油吸収パッドの入った箱を自動車用品店で買い込み、日陰で作業開始。

 自分でオイル交換をするのは4年ぶりか。「アオガエル号」と名付けた古いトラクター以来だ。アオガエル号はうちのせまい畑では実力を発揮できずオブジェと化していたのが可哀想で、ここら辺りでは普通に大地主の友人にあげた。確か白菜20玉、とっくりいも1箱との交換だった。「とっくり芋」は川谷特産の山芋で長期保存できる。精が付くらしく、だから仕事に精を出せるらしい。働くための芋だ。「あく(灰汁)」は少なく、するするとした喉越しが魅力だ。一番好きな食べ方は、この地の先輩方に教わった「冷めた味噌汁の残りで伸ばす」作り方だ。ここにはフードロスなんてない。その日の朝餉(あさげ)や夕餉(ゆうげ)の味噌汁の具の香りが加わって味わい深くなる。(東北地方の一部では「夕餉」を「晩餉(ばんげ)」とも言う。夕食の意味だけでなく、夕方から夜の時間帯の意味もある。福島の会津地方「坂下町(ばんげまち)」は馬肉が名物。「坂下なのに朝餉」なんてね)

 鰹出汁よりは煮干し出汁の方が郷愁を誘う味だ。おや、郷愁の「郷」って、どこのことだろう。話が大きくそれてしまったのは、空腹のせいだ。

 オイルが威勢よく噴き出したりして、修理と言うより破壊になりそうなので、結局は牛飼いの友人に応援を頼んでどうにか作業終了。 

 オイルや埃で爪の中や指紋まで黒くなっていたけれど、そんな手を眺めるのは気分がよかった。牛飼いの友人の手も真っ黒で、二人でその手をズボンの尻で拭いて、塩もみきゅうりを囓った。その瞬間、少年に戻った。郷愁の「郷」は場所だけでなく、心を通わせた時間の記憶だ。「角川・新字源」には「二人の人が食物を中心に向かい合っているさま。心が向かうことから『ふるさと』の意に用いる」とあった。

 牛飼いの友人は搾乳するために、来た時よりか少し暗くなった道を帰って行った。


ワイルドベリー

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