夏と暮らす日本語
コーヒーがおいしい。それだけ肌寒い朝だ。今、外の気温は19℃。昨日からの雨は霧雨に変わったが、しばらくは土が湿っているので畑を耕せない。そろそろ、秋冬野菜の種蒔き時期が近くなってきたというのに「戻り梅雨」「返り梅雨」だ。
先週までは暑くて、夜明けになると蝉時雨が目覚まし代わりだった。ヒグラシだ。そう言えば、雨続きの今週は蝉の鳴き声は聞かれなかった。
子どもの頃は入道雲をよく見かけた。外で遊んでいた時間が長かったからだろう。入道雲と蝉時雨と青空は少年の夏休みの三種の神器だ。北進する電車に乗ると、東の山の向こうに入道雲が高さを競うかのようにたくさん並んでいて、それを眺めるのが好きでよく見える側の席に座っていた。山の向こうにある大きな海を思い浮かべていた。
「夏山や よく雲かかり よく晴るる」(高浜虚子)
外遊びの間、木陰や葉隠れを見つけては涼んだ。「なかよし屋」という駄菓子で買った「桃太郎アイス」だの「オッパイアイス」だの、20円の小遣いで買える氷菓を友だちと並んで木の幹に寄りかかりながら頬張った。「オッパイアイス」を食べ終わるとゴムの袋に水をぱんぱんに入れて、天高く放り投げて地面で割って遊んだ。わざと落下地点に近寄ったり、水を入れている途中で破裂したり、とにかく水で濡れるのが楽しかった。
「日焼け顔 見合ひてうまし 氷水」(水原秋桜子)
残念ながら育った町の駄菓子屋に氷水(こおりすい)はなく、近くの扇屋食堂の季節限定メニューだったので、子どもの小遣いでは買えなかった。たまに親とラーメンを食べに行くと氷水をせがんで食べさせてもらった。一夏に1回くらいだったか。その後、大きな街に引っ越してから初めて「宇治金時白玉練乳がけバニラアイスクリームのせかき氷」なる、名前を読んでいるうちに氷が溶け出しそうな、超高級で氷水とはまるで違う味に出会ったが、何だかラーメンの匂いと一緒に食べたメロン味の氷水の方がうまい気がした。もっとも、メロン味と言っても全然本物のメロンの味とは違っていたけれど、本物のメロンなんて食べたことはなかったから、メロンとはこんな味かとすっかり信じていた。鏡で自分の舌を見て満足するのが食後のマナーだった。
「ぐすべり」も小遣いで買える夏のおやつだった。塩漬けしたものを八百屋でカップ1杯5円で売っていた。酸っぱい味は夏が進むにつれてだんだん甘くなってくるのを子どもながらに感じていた。実が熟してくるからだろう。どちらかというと出盛りの、酸っぱくて塩の量も多めのやつが好きだった。遊んでいっぱい汗をかくからだ。ポリポリという音も一緒に味わった。大人になってから「ぐすべり」は「Goose Berry」がもともとの名前で、外来植物であることを知った時は、いつまでも「ぐすべり」のままでいて欲しかったような変な感情が湧いた。
山百合は毎年同じ場所に咲くのもあれば、新しい場所で咲くのもある。庭に咲くのもあるけれど、その名の通り山の中で木漏れ日に当たって咲いているのを見つけると一気に涼しくなる。あと1週間くらいで、下の方から咲き始めるだろう。立葵は間もなくてっぺんまで花が咲く。そうしたら、本当の夏だ。
「畦道に山百合一つ残しけり」(・・・)
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