冬の音

  NHKの「音の風景」が好きだ。音の向こうに人の暮らしや物語、生き物の命を感じる。

  自分の好きな冬の音を探してみた。

その1 鍋焼きうどん

 鍋焼きうどんは、乳母との思い出の味だ。乳母と言っても、いいところの坊々(ぼんぼん)ではない。「凡々」がふさわしい。昔は育児休業制度がなく、子どもが生まれると時間の余裕のある人が預かって、みんなで助け合って子どもを育ててくれたものだ。

 自分を預かってくれたのは信心深く、優しい「かあちゃん」で、自分の生まれ故郷にある神社や寺へ参詣に行く日には、必ず連れて行ってくれた。冬の時期、お昼は決まって馴染みの食堂に寄って、鍋焼きうどんだ。たぶん、幼なじみが切り盛りする店だったのだろう。いつも同じ店だった。鍋焼きうどんを注文すると、運ばれてきた鍋は熱く、目の前でぶくぶく煮えたぎる汁の音。それを冷ますために「ふうふう」と息を吹きかけ、恐る恐る啜る音。熱さがやがて落ち着いた頃に空腹に命令されてうどんを頬張る音。うまかった。蒲鉾の縁の赤を鮮やかに覚えている。冬が来ると、無性に鍋焼きうどんを食べたくなる。「無性に」とは、自分の居場所、「安息」を求めているのだ。鍋焼きうどんで自分の命を確かめようとしている。

その2 西風

 育った町の西側には山脈があり、冬になると冷たい西風が吹き下ろした。遊び場は町の東に広がる田んぼや開拓地の牧草畑。自分の家は町の中心部にあったので、家に帰る時は、西風に向かって歩いていくことになる。でも、あの頃は寒いとは感じなかった。それどころか、動き回って火照った体に冷たい西風は心地よかった。風は冬枯れの薄(すすき)をなぎ倒す勢いで、倒れた薄の上を通過する速い風の音は厳しく、寂しかった。季節は冬至を過ぎた頃だろう。夕方5時を過ぎても毎日少しずつ日が延びて、それは明るい未来(もっと遅くまで遊べる季節)が見えるようで嬉しかった。ただ、調子に乗って風に吹かれると、扁桃腺を腫らして熱を出していた。「坊々」だったのかなあ。「青っ鼻」を垂らす友だちがいっぱいいた時代だ。今、暮らしている森の西にも高く、冷たい山がある。冬が来ると西風に吹かれたくて森を歩く。大器晩成、さすがに学習したので、風邪を引くまでには至らない。そこら辺は「凡々」になってしまった。

その3 石炭ストーブ

 教室には石炭ストーブがあった。朝は「小使いさん」が用意してくれた乾いた杉の葉と石炭の入ったバケツとマッチ箱が準備してあり、先生方か日直の友だちかが火を点けた。放課後に火を落とすと、日直が灰を掬って石炭の入っていたバケツに入れ、校庭の外れに掘ってある大きな穴の中に捨てに行く。火事にならないように捨てた灰の上からバケツで水をかける。すると、白い灰の中で死んだふりをしていた炭が息を吹き返し、勢いよく「ぶぶぶっ」という音を立てながら水蒸気を吐き出す。辺りには墨汁に似た匂いが漂っていた。 

その4 寒いね

 冬が来ると誰かに「寒いね」と言いたくなる。近しい人でなくても言いたくなる。親しい人、家族になら必ず。俵万智さんの素敵な短歌もある。「生きてるか。一緒に生き抜くぞ。」という、祖先から受け継いだ生存への願いだろう。

 

 夏の音は動脈の拍動、冬の音は静脈の拍動。

 自分の好きな冬の音を探したら、遠い昔の、忘れていた記憶の音ばかり。それはしかし、漲る(みなぎる)命が再生することを願う音ばかりだ。




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