うつろ
大相撲春場所が終わってしまった。2ヶ月に1回、年6回大相撲ロスに陥る。ずいぶん前に書いたが、子どもの頃、製材所帰りの大人達は祖父母のやっていた酒屋に寄って、二級酒だの米焼酎だのを引っかけながらラジオから流れてくる大相撲中継を聞いて盛り上がっていた。田舎では酒屋が酒場だった。仕切り前はごきげんな声であれこれと話しているのだが、制限時間いっぱいになると一斉に話を止めラジオに耳を傾ける。「はっけよい」で一瞬、酔いが覚めて素面(しらふ)の表情になり、勝敗が決まると堰を切ったようにまた話し声が飛び交う。自分は、そんな大人達を怖いとも、かっこいいとも感じたりしながら眺めていた。
その記憶のせいかどうか、夕方に大相撲中継を見るのが夢だった。ようやくそのささやかな夢が叶った。相撲そのものも面白いのだが、ビールを飲みながら観戦して過ごすその時間が好きなのだ。結びの一番が終わると、外はやがて夜を迎える。
「荒れる春場所」と言われるが、やっぱり荒れて、新入幕の尊富士が優勝を果たした。太宰治と同郷の力士だ。そしてまた次の場所まで2ヶ月も待つ日々がやってきた。
贔屓の力士は若元春だ。取り組みも好きだが、所作が美しい。大一番の日にも仕切りは淡々としているし、勝っても負けても表情を変えない。勝ってもガッツポーズなんて絶対しない。相手力士に失礼だ。何より勝ち名乗りを受けて懸賞を受け取る手の動き、感謝の表情がいい。一言で表すなら「謙虚」なのだ。
ところで「謙虚」の「虚」という字。この字の意味を力士に例えるとしたら、敵役なのか、はたまたご贔屓力士なのか。
対戦相手は「うつろ。中身がない。うわべだけ。見せかけ。むなしい。隙。油断。空っぽ」という取り口を得意とする「虚勢」「虚構」「虚言」「虚偽」「虚飾」「虚業」の力士達。得意技は実体がない。
対するご贔屓力士は、「心に先入観やわだかまりがなく、素直。欲がなく無の状態。」という取り口の「虚心」と「虚無」。得意技は、心の奥深くにある美しさだ。
Carly Simonの「You're So Vain」という曲の題名の邦訳は「うつろな愛」。歌詞の中での訳は「うぬぼれ屋」。空っぽな奴のことだったらわざわざ歌にしないのにな。この曲の中で Mic Jaggerがバックコーラスで歌っていて、それがまたかっこいい。また、ギターソロの音色やフレーズは鋭く心に迫ってきて、かりゆし58は「オワリはじまり」のギターソロでリスペクトしてまねているなと勝手に思っている。虚偽かもしれません。虚は口から出ると「嘘」です。さかなクンをまねて「キョキョキョ!」と言ってみたら、何だかむなしくなった。
もう春だ。そろそろ身を軽くして、心を空っぽにして歩こう。森の1年が始まる。
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