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さよなら、5月

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5月が終わった。 自分が生まれた月で、一番好きな月だ。 新緑が競うように、大地から水を吸い上げる。歌さえ聞こえてきそうだ。 花はその花らしく、1回だけの自分の生命を輝かせる。 木も花も素直だ。だから、人はそれらを美しいと思うのだろう。 人だって、笑い、泣き、悩み、光を求め、1回だけの生命を輝かせようとする。 それも、美しいと思う。 6月が来た。 6月も好きになってみようと思った。

大根の白い花 

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大根の花が咲いた。 おでんが好き、一番は大根だ。いつもなら、星になった忍ちゃんからどっさり届いた。 もう届くことはないから、去年の遅い夏、初めて自分で種を蒔き、育てた。 だけど、忍ちゃんの大根のようには実らず、小さな大根だった。かわいそうだからそのまま土に埋けておいた。 ちっぽけな種から芽を出し、背を空に伸ばし、太陽の力を喜び、やがて命を譲るために力を蓄え、厳しい冬をどうにか越した。 季節は、必ず巡る。 今、白い花が咲いた。迷うことのない心の色だ。 そう思いながら、久しぶりの休日を過ごした。

インイチがイチ 

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最初から手強い「一」、「イン」である。 「一」は、「よく使う順漢字2200」(徳広康代編著 三省堂)では、堂々の第2位である。(第1位は「日」)「イチ」「イツ」「ひと」「ひと・つ」それに撥音が加わり、けっこう難しい。人名になると、「はじめ」ちゃんや「かずこ」ちゃんも登場する。 1×1=1 九九は、暗唱して速算に役立てることを目的に作られたものだから、「×」は外される。「=」は「は(wa)」と意味が似ていて、数字8(ハチ ハ)にはない発音の「が」になったのだろうか。 「イチイチがイチ」では発音しにくい。「イツ」と唱えた時代もあった。九九が定まっていった過程には中国語の発音の影響があるから、「イーイチがイチ」もあったかもしれない。 どう教えるか考えていて、大事なことを忘れていたことに気づいた。 学習者の反応から学びが始まるということだ。そしてゴールに導くのだ。 1を「イチ」と読むことをその子は知っていたので、「イチイチがイチ」と読ませて、感想を聞いた。 C:「言いづらい。」 T:「インイチがイチ」は? C:「言いやすい。楽しい。」 T:「そう、言いやすいよね。」 等式とひらがなを書いた表を見ながら、手拍子でリズムを取って一気に「インクがク」までたどり着いた。「インクは赤。」と笑わせたら、喜んでくれた。あとは、レアリア(realia 生教材)やアレイ図を活用して、九九の音に意味を重ね合わせ、便利さを感じさせたい。 がんばろう。              「村の道ぶしん」 (作詞:葛原しげる 作曲:梁田貞 編曲:岡本敏明 玉川大学愛吟集より) 1 土をはこび 草を刈りて われらは励む われらの村の道ぶしん   村のために 国のために つくしたる われらの年寄りの   歩み安かれと 朝な夕な われらは励む われらの村の道ぶしん   エンヤラホイ ヤレホイ ヤレホイ エンヤラホイ ヤレホイ ヤレホイ 2 力あわせ 心あわせ われらは励む われらの村の道ぶしん   村のために 国のために つとめなんわれらの幼児(おさなご)の   歩み安かれと 朝な夕な われらは励む われらの村の道ぶしん   エンヤラホイ ヤレホイ ヤレホイ エンヤラホイ ヤレホイ ヤレホイ クマガイソウが背筋を伸ばし、誇らしげに咲いていた。熊は、いなかった。  

いんいちがいちは、ラップのリズム

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 かけ算九九は、七音と五音の繰り返しのリズムで、日本人には心地よい音数だ。このリズムに親しませることが、かけ算九九の学習に効果的だ。 「いんいちがいち」七音 「いんにがに」  五音 「いんさんがさん」七音 「いんしがし」  五音 「いんごがご」  五音 →「いんいつがいつ」七音 「いんろくがろく」七音 →「いんむがむ」五音 「いんしちがしち」七音  「いんはちがはち」七音 →「いんはがは」五音 「いんくがく」  五音 →さて? 欲を言えば、「いんごがご」「いんろくがろく」「いんしちがしち」で繰り返しのリズムが破れているので、→のように唱えたら、もっと軽快になり、わらべ歌みたいで親しみやすい。「いんくがく」を七音に変えてみるのも面白い。 「が」は「いんいち」という主体を表す格助詞だ。積が10未満の場合に使われるので、十の位の空位を意識させる役目もある。でも、取り立て助詞の「は」を使うと、「いいか、いんいちは1だぞ。」と強調できる。それに数式の「1×1=1」と結びつくので、今度、かけ算九九を考えた人に相談したい。誰だ。 もっとも、「いんいつがいつ」は「いんいちがいち」と発音が似ているし、「つ(tsw 歯茎破擦音)」 は「ち(tci 歯茎硬口蓋破擦音)」より、「はい、チーズ」みたいに口角を引っ張らないといけないので疲れてしまう。口角は上がるから若く見られるかもしれないが 。 ORANGE RANGE「花」のラップの部分に合わせて「一の段」を唱えてみたら、ぴったりノッタのでびっくりした。そういえば、高見順の「われは草なり」をラップのリズムで群読した時、草の生命力がほとばしったようで感動した。これも、七音五音の詩だ。 「よし、ラップのリズムだ。」と教えようとして、新たな壁にぶち当たってしまった。 「1」は「いん」と「いち」。「3」なんか「さん」「さ」「ざん」そして、はるばる来たぜ「さぶ」ちゃんだ。 手強いなあ、日本語。 雨の休日。芽吹きに力を振り絞っている草木のための雨だ。 「しらねあおい」が咲いていた。「くまがいそう」ももうすぐだ。「熊がいそう」な場所に咲く、と思っていた人がいて、大笑いした。

かけざん九九を教える 

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  外国から日本の小学校に転入してきた子に、かけ算九九を教えるという貴重な機会を得た。  とても素直で、明るい子だ。以前の学校では授業は英語。英語の発音が流暢で感心した。かけ算九九を教えるにあたっては、直接法ではなく、英語を補助言語として使うことにした。それは、次の理由からだ。 その1    低学年の子どもにとっては「何」を学ぶかより、「誰」に学ぶかが大きな学習動機になる。まずは、話すことから信頼関係を築くことが始まる。久しぶりにこちらも英語を復習して臨んだ。「日本語ができない」と自分に自信をもてないでいる子に、「二つめの言葉を勉強しているなんて、すごい。」と信じさせる。誰だって自分を受け入れてくれる人には心を開くだろう。ほめ言葉もたくさん用意した。一番うけたのは「マーベラス」。サンドウィッチマン、ありがとう。 その2  言葉は、文字と音と意味だけでは存在しない。それまでの生活経験や学習経験、心にある風景など、その子の体験や記憶と結びつくと、言葉に彩りが生まれ、その子の言葉となって生きてくる。無機質な言葉はその子からすぐ逃げていってしまう。 その3 「時間」を料理する。これは、とてもやりがいのある課題だ。その課題は大きく三つあると考えた。  一つめは「総量」としての時間。全部で何時間何分、教える時間が確保できるのか。学習内容と関わってくる壁だ。その時間が分かったら、学ぶ側も教える側も共有するといい。「あと何日」「あと何分」「あと何問」と数えていくと、期待感や達成感が生まれてくるから不思議だ。ただ、焦りは禁物。  二つめは「間隔」としての時間。今日は30分間教えられる。では、次は何日後で何分間できるのか。明日か、あさってか、来週か。これは、学習効率、特に「定着」に影響することだ。やはり、「毎日、短時間」がいい。漢字学習と同じだ。あいさつがわりに「はっぱ。」と声をかけると喜び、うれしそうに「ろくじゅうし。」と返してくれた。これだって大切な学習活動だ。  三つめは、学習者の体力や心理面への時間的な配慮である。学校の通常の授業が終わってからの学習である。短時間が勝負だ。どんな工夫をしたら「残業時間」が楽しくなるか。答えは、努力を認めること。努力する場に立ち会い、努力を評価することを心がけた。疲れた時には甘い物。ほめられたらうれしい。「間違いがいくつ」でなく、「あと何...

いつものように

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朝7時、木いちごの白い花を見つけた。 うつむき加減に花をつけているから、もみじいちごだ。 白い花が、残雪に見えた。 いつもの季節に咲いた。 いつもの場所に咲いた。 いつものように咲いた。 そう思ったら、幸せな気分になって、深呼吸したくなった。 木いちごの花は初夏、オレンジ色の、甘く、でもすこし苦い果実になる。     かぜとなりたや   はつなつのかぜとなりたや   かのひとのまへにはだかり   かのひとのうしろよりふく   はつなつのはつなつの   かぜとなりたや             川上澄生 (「初夏の風」1926年)

こぶし・先駆け

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 こぶしは美しい花だ。  寒さと暖かさが拮抗している頃、こぶしは真っ先に花を咲かせる。まわりの木々が出番を見極めている頃、春に向かう道標のように咲き始める。  その白は素朴で、清貧の白だ。「よい香りがする」と誰かに教わった記憶があるが、人を寄せ付けないような場所に立っているので、いつも遠くから眺めて満足している。だから、どんな香りか知らない。それで十分だ。  先駆けは、しかし真っ先に花を終える。  清貧の白は、風に乗って颯爽と散るのではなく、茶色になり、しぼみ、みっともない姿をさらしながら落ちていく。やがて山桜や連翹(れんぎょう)、八汐躑躅(やしおつつじ)など主役級の花や新緑が登場すると、こぶしは視界から消え、どこにあったのかさえ分からなくなっていく。その格好悪い消え方が、いい。  こぶしは美しい花だ。